隙間の怪

「隙間」というものは不思議なものだ。

隙間の怪

大きく開いていても、ぴったり閉じていても気にならない。それなのに、ほんの少しだけ隙間があると、そこに「何か」入れそうだという気持ちになる。その小さな空間に、何か納めなくてはいけないような。何かの為に、あるような。何とはなく、落ち着かないような。
ほんのわずかに空いた隙間、奥の方はよく見えない。見えないからこそ、その奥が気になる。

その奥を覗いて、そこに何かがいるかもしれない。
その奥を覗いて、向こうからも誰か覗いてるかもしれない。


「隙間」というものは不思議なものだ。





有名な都市伝説に、「隙間女」(あるいは「壁女」)の話がある。

一人暮らしの女性が、ある日家の中で妙な視線を感じる。部屋には自分一人だけのはずなのに、誰かが見ているような気がしてならない。彼女は気の所為だろうと自分に言い聞かせたが、何日たってもその気配はなくならなかった。我慢できなくなった彼女は家の中を徹底的に捜索する。するとタンスと壁の間、たった数センチの空間に髪の長い女が立っていた。

さらに別のバージョンとして、

後輩が仕事場に来ないので家を訪ねてみた。直接会って理由を聞くと「彼女が行くなって言うんです」と答える。その彼女はどこにいるのか質問すると、彼は台所を指し示した。そこで台所を探してみると、冷蔵庫と壁の隙間に女が立っていた。

という話もある。その他、女は赤いワンピース姿をしているとか、異次元に連れ去られるというバージョンも存在する。隙間の大きさも数ミリから数センチと細かな違いがあるが、とはいえ「隙間」をテーマにした怪談といえばやはり隙間女が最も有名だろう。


○○○


隙間女を説明する際に、よく引き合いに出される話がある。江戸時代に書かれた『耳嚢』「房斎新宅怪談の事」という話である。

房斎という菓子屋が新居に引っ越したところ、二階の部屋の戸がどうもおかしい。召使が開けようとするが何故か半分しか開かない。無理に強く引っ張ると、その乱暴な音を聞きつけて主人がやってきた。「何故そんなに手荒くするのか、壊れてしまうだろう」と主人が手を掛けると滞ることなく戸は開いた。しかしその後、他の召使が閉じる際にはまた戸が動かずに無理やり押し込んだ。
次の日再び開かなくなったので、なんとか開けようと強く戸を押した。すると戸袋の隙間から、一人の女が現れ組み付いてきた。慌てて押し返すと女の姿は消えてしまった。また次の日には、その女の着ていた単物が軒口に引っ掛けてある。しかし取り除こうとすると消えうせた。このような怪異があるから、前の持ち主もこの家を譲ったのかもしれない。



江戸時代から存在する「隙間」と「女」の怪談としてとても興味深い話だ。戸袋は引き戸を収納する場所であり、大したスペースも無い。まさに隙間程度の空間なのだ。そんな隙間に隠れ住む女とは不気味な存在である。今まで戸が開かなかったのはこの女が居たからだ、と気づいた瞬間に何ともいえない薄気味悪さを感じる。


隙間に納まる女の話ならば、『古今百物語評判』の「こだま并彭侯と云ふ獣付狄仁傑の事」という話にも紹介されている。
草木に精が宿るという話において、牡丹を愛する男の元に美女がやってくる。彼はこの美女をとても気に入ったが、実はこの美女は牡丹の精であった。あるとき正体を隠しきれなくなった女は、平たい蜘蛛のようになって壁の狭間に隠れてしまう。彼女は男に全てを打ち明けるとそのまま消えてしまった。

房斎の話では女が家に住み付いていたのに対し、この話では女は男から身を隠そうとして隙間に入る。もしかすると房斎の場合も、彼を目当てに隠れ住んだ女の仕業だったのかもしれない。現代の隙間女にも隙間に入る理由があるのかは気になるところである。家が目当てなのか住人が目当てなのかによって、その怖さのベクトルはかなり変わってくるのではないだろうか。


○○○


最後にもう一つ、今度は隙間を通る「男」の話がある。『遠野物語』の第七十九話だ。

田尻家には長蔵という奉公人がいた。ある日長蔵は夜遊びに出かけ、まだ宵のうちに帰ってきた。門から入ると家の前に人影が見える。懐に手を入れ、袖を垂らしているのが分かったが顔はよく見えない。さては妻のところに来たヨバヒト(夜這い人)かと思い足早に近寄った。しかし相手は裏に逃げるのではなくそのまま玄関の方に進んでいく。腹立たしく思った長蔵がなおも近づくと、男は懐手をしたまま後退りする。そして三寸(9センチ程度)ほどしか開いていない玄関の戸の隙間からすっと中へ入ってしまった。しかしこの時、なぜか長蔵は不思議に思わず戸の隙間に手を入れて中を探った。すると戸の内側にはさらに障子がぴたりと閉じていた。そこでようやく恐怖を感じた長蔵は少し後退りつつ上を見た。すると玄関の壁の上の方に、先ほどの男がひたと貼り付いてこちらを見下ろしていた。長蔵に届きそうなほど首を低く垂れ、その目の玉は飛び出していた。長蔵はとても恐ろしい思いをしたが、特に何かの前兆でもないらしくその後何事も無かったという。




小さな隙間を通って家の中に入ってしまった男が、なぜか外の壁にくっ付いていたという怪談。一見「隙間女」とはさほど関係なさそうだが、「自宅」に現れ「隙間」を通り「壁」に張り付くという三つの点で共通している。そしてまたも、その場に現れた理由は分からない。隙間を通り中に入ってから再び外の壁に張り付くところも不可解である。


これらの話を聞く限り、隙間の怪談はどうも謎が多いようだ。何の脈絡もなく家に女が住み着いているのが隙間女の恐ろしさであり、それは房斎の話でも同じである。女は何者だろうか。何故そこにいるのだろうか。牡丹の精は、正体こそはっきりしているものの、美女が平たい姿になり隙間に納まってから消えてしまう理由は分からない。遠野物語においては、もはや分かっている事がほとんどないという始末である。

何故隙間に入るのか。何故隙間を通るのか。どの話も理由ははっきりしないままだ。
この不可解さこそが、隙間にまつわる怪談の恐ろしいところなのかもしれない。





(主な参考文献:宇佐和通『都市伝説の真実』、松山ひろし『真夜中の都市伝説~壁女』、湯本豪一『江戸の妖怪絵巻』、柳田國男『遠野物語』、根岸鎮衛『耳嚢』)
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