怪人赤マント追記

※前の記事 → 『怪人赤マント』


赤マントについて色々調べていたところ、小沢信男の『わたしの赤マント』という短編小説を見つけました。

「牧野次郎」なる写真家が雑誌の投稿欄を利用して怪人赤マントの情報を集める、というドキュメンタリー風の小説です。創作ではあるものの、加太こうじの『紙芝居昭和史』の情報を引用したりと実際の資料も基にして書かれているようです。とはいえ小説内で集められた情報が、どこまでフィクションなのかはよく分かりません。


小説に載せられている赤マントの噂の概要は、

・日中戦争の最中、東京の町々に夜な夜な赤マントを着た怪人が現れて女子供を襲うという噂があった。おそらく昭和13、4年頃。
・大阪にも現れた。道頓堀の橋の袂の公衆便所で用を足していると、赤マントがふいに現れて尻を撫でるという。
・赤マントはすばらしい疾走力の持ち主である。赤マントをひるがえしながらオリンピックの選手よりも速く走る。神出鬼没に人をさらっていく。昭和11年にベルリンオリンピックがあり、昭和15年に東京でも開かれるはずだったのが、日中戦争拡大により返上されたものの五輪ムードが残っていた所為ではないか。
・加太こうじ『紙芝居昭和史』に記述がある。昭和15年1月から初夏にかけて、谷中墓地付近で起きた少女暴行殺人事件とたまたまやっていた紙芝居が結びついてデマの大発生となったらしい。

となっています。
「牧野次郎」はこれらの噂を集め、「赤マントとは強烈なエロ・グロであり、公衆便所を覗いては女性を襲って経血を吸うのだ」と変態的イメージを見出します。さらには図書館に行って当時の新聞記事を調べますが、赤マントの記事はひとつも見つかりません。しかし牧野は子供の頃、確かにとある記事を読んだ覚えがあるというのです。その内容とは、昭和15年頃「一人の男が赤マントに関する噂を流して逮捕された」というものでした。男は年齢30歳くらいの銀行員。社会主義思想の持ち主で、銃後の人身を動揺させ、厭戦的気分を広めるために行ったといいます。この記事は果たして牧野の記憶違いなのか、この銀行員についての情報が欲しいというところで話は終わります。


○○○


赤マントについて調べていると、銀行員がデマを流して逮捕されたらしいという話は結構出てきます。元ネタはこの小説なのでしょうか。だとすると、この銀行員犯人説は創作なのか、事実なのかは微妙なところです。仮に銀行員についての記憶が作者である小沢氏本人の実体験だったとしても、結局その新聞記事は発見されなかったのだから事実は不明のままです。
『わたしの赤マント』は1989年に河出書房新社から『東京百景』という本に収録・出版されています。作品集にまとめられたのがこの年なので、この小説単体での発表はもっと早いかもしれません。作中において牧野が雑誌の投稿欄を利用したのは1982年となっているのでその辺りでしょうか。現在伝わっている赤マントの噂に、どのような影響を与えているのか気になるところです。




※追記 → 『わたしの赤マント』について

※追記(2013/11/21):この記事を書く際、『わたしの赤マント』は種村季弘編『日本怪談集(上)』に収録されたものを参考に致しました。しかし『東京百景』に収録された話とは内容にところどころ相違があるようです。『東京百景』では、牧野次郎の探している新聞記事が昭和十四、五年頃であると書かれています。

関連記事

新聞記事について

初めまして。先月来「赤マント」について調査している者です。
小沢氏の小説についてご教示下さいまして、有難うございました。

さて、今日付の拙ブログにて、小沢氏の見たとおぼしき新聞記事について報告しました。
全ての新聞を漏れなく点検した訳ではないので、断言は出来ませんけれど、この記事の記憶が、小沢氏の頭の中でいつしか「アカい行員」の幻影を生み出したのだと思うのです。
「赤マント」は銀行員が広めた、という説は、小沢氏の小説(というか記憶)に由来していると見て、宜しいかと思います。

拙ブログでは、この流言が行われていた時期の報道について、順次報告していくつもりです。
[ 2013/11/03 21:51 ] [ 編集 ]

Re: 新聞記事について

初めましてsamatsutei様。わざわざ報告頂き有難うございます。
赤マントに関する考察、とても興味深く拝見致しました。

『わたしの赤マント』作中では見つからなかったはずの新聞記事。それを発見されたとあって驚きました。確かにその文面を読むと、政財界を撹乱するごときデマ、吸血赤マントの噂による社会不安、留置された通信社員、銀行界への衝動といった、小沢氏の持つ赤マントのイメージを形成するような要素が多いに散りばめられています。この記事から着想を得て、小沢氏が「アカい行員」のイメージを持つようになったという推測に深く納得致しました。小沢氏の読んだ記事がこの記事だとすると、赤マントと銀行員の噂は確かに小沢氏に由来していると考えても良さそうです。

赤マントに関する細かな調査、とても参考になりました。赤マントに関して当時の新聞報道があったと確認出来たことも興味深いです。今後の報告も楽しみにしております。

また、もし宜しければ私のブログからもsamatsutei様の考察を紹介させて頂けないでしょうか。
[ 2013/11/04 18:34 ] [ 編集 ]

長期連載の予感

こちらこそ、この記事にて小沢氏の小説の詳しい内容が分かり、避けては通れない「資料」であることに気付きました。そもそもは今日(11/04)漸く取り上げた岩佐東一郎の随筆「赤いマント」を見つけたことがきっかけで調べ始めたのです。そこで、いきなり岩佐氏の随筆の紹介から始めても良かったのですが、この決定的な“事件”の証拠を示す前に、従来知られている説について確認しておくべきだと思って、差当り朝倉氏の説と小沢氏の説を俎上に乗せた次第です。
まだまだ多数の同時代資料の紹介と、朝倉氏・小沢氏以外の最近の著作に見える「赤マント」についても検討していくつもりで、いつ終わるか分かりません。誤解を避けるためにも、資料は重要でないものも含めて網羅して置きたいと思っております。ただ、結論はほぼ出ているので、今から言うことを変えないつもりではおります。紹介等宜しくお取り計らい下さい。

ところで「讀賣新聞」の記事ですが、
【A】赤マントなどの流言蜚語の盛んな流布
【B】取り締まり強化とデマを流布させた通信社員の留置
【C】通信社員の放ったデマの内容
 この3段に分けられると思うのですが、小学5年生の小沢氏には、さすがに「平沼首相の暗殺」という【C】は印象に残らなかったのでしょう。記事の書き方も【C】は取って付けたようです。そこで身近に感じていた【A】【B】の印象が残ってその後の戦中・戦後を経るにつれて、それが「アカい行員」の幻影を生み出して行ったのでしょう。本当に、作中人物の台詞ではありませんが「人間の記憶っておもしろいね。」って感じです。
[ 2013/11/04 22:25 ] [ 編集 ]

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