青行燈

なんだかエレクトリカルな感じになってしまいました…。

青行灯

『青行燈(あおあんどう)』

燈(ともしび)きえんとして又あきらかに、影憧々(どうどう)としてくらき時、青行燈といへるものあらわるる事ありという。むかしより百物語をなすものは、青き紙にて行燈をはる也。昏夜に鬼を談ずる事なかれ。鬼を談ずれば怪いたるといへり。(鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より)



妖怪『青行燈』の説明は石燕による上記の記述のみであり、詳しくどのような妖怪であるかは記されていない。
どうやらこの記述から察するに、百物語に青い行灯を用いたことから生み出された妖怪のようである。


○○○


百物語の際、行灯に青い紙を貼るのは江戸時代ごろの通例であったという。

「怪を語れば怪至る」(『伽婢子』)という話における作法によると、百物語は月の暗い夜、青い紙を貼った行灯を使って行われる。行灯の中の油皿には灯心となる百筋の紐を入れ、一話終わるごとに一筋抜き取っていく。そのため話が進むにつれてだんだんと暗くなり、青い紙の色が移ろって物凄い雰囲気になっていくのだという。
この話では、さらに参加者各々が青い小袖を着用したとも記されている。最後に古い諺を引用し、「白日(白昼)に人を談ずる事なかれ(人の噂話をするな)。人を談ずれば害を生ず。昏夜に鬼を話る(かたる)事なかれ、鬼を話れば怪いたる」と締めくくっている。この文は、鳥山石燕による『青行燈』の説明にも用いられた諺である。

「厩橋の百物語」(『怪談老の杖』)でも、同じく行灯の口を青い紙で覆い、灯心を百筋入れる。そしてさらに、行灯の傍に鏡を一面立てておく。百物語を行っている場所から離れた部屋にそれらを置き、一話終わるごとに語り手が奥の部屋に行って灯心を一筋消し、鏡で自分の顔を確認してから帰ってくるという作法となっている。

(詳しくは杉浦日向子の『大江戸観光』で説明され、『一日江戸人』には分かりやすいイラストが掲載されています。ご参考までに。)



○○○


これらを見る限り、百物語とは随分と凝った作法のイベントのようでである。中には密室で行い、参加者の親指同士を縛りあって離れられないようにするというものまである。

しかしこの凝った演出こそが、参加する人々の恐怖を強く掻き立てたのではないだろうか。
現代の日本では、行灯はおろかロウソクを使うことすら難しい。百本のロウソクなんて使ったらそれこそ大火事の危険性がある。たとえそれらを用意出来たとしても、全ての火を消したとて、外の明かりは結構眩しいものである。
まだ電気のない時代。百話の怪異が語られた後、明かりの無くなった部屋はそれは真っ暗になったことだろう。




最後の灯火が消え、周りは本当の暗闇に閉ざされる。

「鬼を談ずれば、怪いたる」
光源を失ったはずの青い行灯。そこに至るという怪こそ、妖怪『青行燈』の姿なのだろうか。


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