レモン哀歌

智恵子抄

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

(高村光太郎「レモン哀歌」『智恵子抄』より抜粋)



本日は「レモンの日」です。ふー…、一応間に合った。

詩人・彫刻家である高村光太郎の妻、智恵子は精神病を患っていました。
そして十月五日、最後に光太郎の持ってきたレモンを囓った直後に亡くなります。そのときの事を詠んだ歌が「レモン哀歌」であり、その歌にちなんで智恵子の命日は「レモンの日」と名付けられました。

二人はとても仲の良い夫婦だったそうです。病院にいる智恵子を見舞った後、光太郎は詩人仲間の草野心平に「ね、君、僕はどうすればいいの。智恵子が死んだらどうすればいいの?僕は生きられない。智恵子が死んだら僕はとても生きてゆけない。」と心の内を明かしています。妻智恵子も、精神が病んでいくにしたがって「わたしもうぢき駄目になる」と身の回りの始末を行い、最後に忘れ形見となる梅酒を漬けて残しました。


彼女の死後、残された梅酒を静かに味わう思いを描いた「梅酒」は、激しい哀切に満ちた歌となっています。

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[ 2012/10/05 22:43 ] その他・イラスト | TB(0) | CM(0)

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