食わず女房(1)

食わず女房
食わず女房漫画

『食わず女房』

昔々、大変ケチな男が「飯を食わぬ女房が欲しい」と言っていたところ、ある日突然美しい娘がやって来て「飯を食わぬから嫁にしてほしい」と頼む。男は喜んで娘を嫁に迎え、娘は本当に何も食べず良く働いた。
しかし嫁が食べずにいるというのに、何故か米びつの米が減っていく。不審に思った男は仕事に行くふりをして嫁の様子を窺ってみることにした。すると留守番をしている嫁は、米を大量に取り出して大釜で炊き、沢山の握り飯を作った。それから急に結った髪を解くと、嫁の後頭部にはもう一つの大きな口が存在した。そこに握り飯をどんどん放り込み、また元通りに結いあげてしまった。
恐ろしく思った男はいつも通り夕方に帰宅し、適当な理由をつけて嫁に暇を出した。嫁は正体がばれた事を悟り、男を桶の中に押し込むとそれを担いで山へと走り出した。途中で男はなんとか脱出する。すぐさま菖蒲と蓬の草むらに身を潜めたところ、嫁は菖蒲と蓬が苦手だったために退散した。この日は五月五日であったため、それ以来五月節句には菖蒲と蓬を軒下にさし菖蒲湯に浸かるようになったという。




○○○


食わず女房は、日本の有名な民話である。
全国的に広く伝わる物語だが、東日本と西日本では詳細が異なるという。東日本では主に嫁の正体が鬼や山姥、蛇であったとされ、上述したような五月節句に菖蒲や蓬で魔よけを行う行事の由来譚となっている。
一方西日本の場合、嫁の正体は蜘蛛であることが多い。逃げ出した男は「歳の晩に蜘蛛になって命を取りに行く」と嫁が言っているのを聞いて、囲炉裏の上の自在鉤から蜘蛛が下がって来たところを箒で囲炉裏に落として退治するという結末になっている(焚き火あるいは鍋の熱湯に落とすことも)。そのため「夜の蜘蛛は親に似ていても殺せ」という俗信がうまれ、それからは大歳(大みそか)に箒を作りその晩に火を焚くという、東日本と同じく行事の由来と関係した話として伝わっている。
東西の大きな違いだけでなく、伝わる場所によって細かな内容の違いが存在する。男が桶に入るのは「家を出ていく前に桶を一つください」と嫁が頼んだ場合が多いのだが、男が自分から桶に逃げ込む話や、男の職業がそもそも桶屋である話(鳥取県赤碕町ではは五月節句に桶屋がこの話を語るしきたりがあったという)もある。夫を山へ運ぶ理由が仲間に獲物を食わせる為である場合も多い。また魔よけの菖蒲と蓬に関しても、嫁はそれらの匂いを嗅ぐと体が腐ってしまう体質である話、嫁の目に菖蒲や蓬が刺さって盲目になってしまう(あるいはそのまま死んでしまう)話など様々である。
タイトルに関しても一般的なのは『食わず女房』であるが、他にも『飯食わぬ女房』『蜘蛛女房』『口なし女房』などがある。『口なし女房』では、そもそも顔面に口が付いてないため飯を食わない女がくるという話になっている。



また『絵本百物語』の「二口女」も、頭部にもう一つの口を持つ女の話である。

継母が実子ばかりを可愛がり、先妻の子は食事も与えられず病気になって死んでしまった。それから四十九日が過ぎた日、薪を割ろうと夫の振り上げた斧が妻に当たって怪我をした。後頭部が割れて出血が多く、なかなか傷が治らない。やがてその傷は唇の形となり、骨は歯のように、盛り上がった肉は舌のようになってひどく傷んだ。しかも何故かそこに食物を入れると痛みは和らぐので、まるで妻には口が二つあるようであった。その後後ろの口がひそひそと喋るようになり、夫が聞き耳を立てると「私の心得違いにより先妻の子を殺した。悪かった」と言っていた。




この話はその後、父と諍い追いかけようとして怪我をした息子の膝頭に口ができたという「人面疔」についての類話とも比較している。人面疔は人面瘡とも言われ、傷が口になったり、できものが顔のようになったりする奇病の事である。二口女の話のように言葉を発し、食べ物を要求したという説話も伝わっている。「二口女」の著者は妻の頭にもう一つの口が生じた事を「自らの悪心より生まれた病」だと述べており、二口女は物語上あくまで病気の一つとみなされている。二口女も食わず女房も「後頭部にもう一つの口を持ちそこから食事をする」という実に良く似た特徴を持っているため混同されやすいが、二口女は食わず女房のように鬼や山姥、蜘蛛のような妖怪としての正体を持つものではない。






前回の記事『執心髪蛇』で「二口女」について触れたので、どうせだから「食わず女房」と一緒に紹介してみました。
頭に口を持つ嫁は怖いけれど、嫁に飯食わせない夫もどうかと思います。


ちなみに「二口女」の挿し絵に付けられた絵師の添え書きには、
「継母が先妻の子を憎んで飢え死にさせ、その後生まれた子には生まれつき首筋にもう一つの口があった。食事の際には髪の端が蛇となって食物を与え、あるいは何日も与えなかったりして苦しめた。恐れ慎むべきは継母の嫉妬である」
という文章が書かれています。本話とはかなり違ったストーリーをしており、しかも病気というより実子本人が生まれついての妖怪のような存在になってしまっているところが面白い。挿し絵の女も別に苦しそうではなく、むしろ蛇の髪を上手く操って楽しそうに食事しているように見えます。いやあ、絵師って結構自由ですね…。

しかしこの場合、本話よりも添え書きの人物の方がよっぽど「食わず女房」に近い存在であるような気もします。生まれつき後頭部に口を持つ娘。人面疔にかかった継母以上に妖怪めいています。もしこの話を民話と結びつけるならば、食わず女房とは嫉妬の業によって生まれた哀れむべき存在ということも考えられるのではないでしょうか。





 「生まれつき二つの口を持ち、疎まれる娘。家を追い出され、一人孤独にさまよっていた。
 そんな中、『飯を食わない嫁が欲しい』などと愚かなことを言う男の噂が耳に入り…」

…なんだかすごく暗い話になりそうです。しかもバッドエンド確実という。



※追記 : 『食わず女房2』の記事へ



主な参考文献:日本民話の会編『決定版 日本の民話事典』
         竹原春泉『桃山人夜話 絵本百物語』

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