執心髪蛇

髪は口ほどに物を言う。

夢争い


『曾呂利物語』より「夢争いの事」

ある男が、正妻を亡くしてから腰元である女二人と暮らしていた。ある日二人が昼寝をしていると、彼女らの長い髪が突然立ち上り、お互いぶつかり合ったりして争い始めた。男が驚いてその様子を眺めていると、二人の枕元に小さな蛇が一匹ずつ現れた。二匹は舌を閃かせ互いに食い合う。男が近寄ると二匹の蛇はそれぞれの女の胸の上で消え、髪はいつも通りの美しく長い黒髪に戻った。二人を起こし「何か夢でも見たか」と訊ねると、一人が「人と諍っていた気がする」と答えた。恐ろしくなった男は二人に暇をやり、その後はずっと独り身でいたという。女の妄念とは恐ろしいものだ。

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女性の髪が蛇となって争う話の原型として、念仏踊りで有名な時宗の開祖一遍上人の出家由来が挙げられる。若い頃の一遍には二人の妾がいた。二人とも美しく心優しい性格をしており、一遍は両人を同じ位深く寵愛、また妾同士も仲良くしているようであった。しかしある日二人が碁盤を枕にうたた寝していると、突然二人の髪が立ち上り小蛇となって食い合った。それを見た一遍は刀で蛇同士を切り離し、執心や嫉妬の恐ろしさを知って出家したという(『北条九代記』)。一遍の出家由来は領地争いが原因など諸説あるが、この話はその中の一つである。
同様のパターンは高野山苅萱堂に伝わる苅萱道心の伝説(石童丸伝説)にも受け継がれている。筑紫の国の領主加藤左護衛門繁氏は妻子を残して出家し、苅萱道心と名乗るようになる。その後彼のいる苅萱堂に息子の石童丸が訪ねてくるも、苅萱道心は親子と明かすことなく息子を弟子にするというのが伝説の主な内容である。この伝説においても、仲が良いと思っていた妻と妾の髪が争うのを見て苅萱道心は出家を決意したということになっている。

これらの出家由来はもともと仏教説話として語られたものであった。しかし一方で、女性のあり方を説く教訓書などにも利用されており、例えば元禄二年出版の『婦人養草』にも引用されている。『婦人養草』は様々な女訓を指南した文書であり、そのなかでも「一遍上人由来の事」として紹介することで、妬みを戒め貞女の生き方を教えるための参考としている。
またその後の創作にも影響を与えていると考えられ、黄表紙『模文画今怪談』では、眠っている妻の髪が蛇のように動き浮気者の夫の首を絞める。慌てて起こすと「私を捨てて他の女の元へ行こうとするあなたを追いかける夢を見ました」という。そのことが毎夜続くようになったので離別し親元に帰すと妻は死んでしまった。するとその夜大きな蛇が来て夫の腹に巻きついた。夫が出家し女人禁制の高野山に登ると蛇は離れ、麓の方に去って行ったという。
他に『片仮名本・因果物語』でも、死んだ妻が蛇となって巻きつき、同じく出家して高野山に登ると離れていったという話がある。これら二つの物語はどちらも出家由来譚となっており、一遍上人や苅萱道心と同じく仏教説話系の話となっている。


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そもそも蛇体とは、怨みや執心などの妄念を象徴する存在である。
「蛇を半殺しで逃がすと復讐される」との言い伝えがあることからも分かるように蛇は執念深い生き物だというイメージが強い。まばたきもせずじっと獲物の様子を窺い、突如牙をむく。そのくせゆっくりと獲物を呑みこんだりじわじわと絞め殺したりする姿は、成程たしかに陰気な感じがする。
このようなイメージからも窺えるように、蛇と妄念に関する逸話は限りがない。いくつか類話を参照するなら、例えば『新御伽婢子』では恋人に首を切られた女の血の滴りが蛇となって男をとり殺す。『諸国百物語』では執心のあまり蛇体に姿が変わってしまう人間の話がいくつも語られている。『雨月物語』「蛇性の婬」の執念深い蛇女も有名である。さらには能の『道成寺』において清姫は安珍への愛情と憎悪を募らせ、ついには大蛇となって相手を殺してしまう。執心によって人は蛇身に姿を変え、あるいはその心だけが分離し蛇となって相手を追いかける。妄念は兎角蛇体となって姿を現すのだ。

一方でまた、逆立つ髪の毛も高ぶる感情の発露とされることが多い。怒髪天を衝く、髪を逆立てることはまさに怒りの表れだ。しかし古来より、逆立つ髪とは異形の証であった。「蓬(ヨモギ)のように乱れ逆立つ髪」という表現は、日本における鬼や化け物の描写として非常に一般的である。
『今昔物語集』巻三十一第十話に、嫉妬のあまり夫の夢に妻が現れるという話がある。嫉妬した女が鬼や蛇体となるのはよくあるパターンだが、この話の妻は髪の毛が一度にさっと立ち上がる。そして人々から「嫉妬は罪深きことで、きっと来世は蛇に生まれるだろう」と言われてしまう。
異形を表す逆立つ髪といえば、謡曲『逆髪』も有名である。琵琶法師蝉丸の姉「逆髪」は、天皇の娘でありながら生まれつき髪が逆立っていた事でその名を付けられ迫害される。さらに江戸時代の絵巻物には、そのままずばり『逆髪』という髪が逆立っているだけの謎の妖怪が載っていたりもする。髪が逆立つ、とはそれ自体が恐ろしさの象徴なのである。


一般に「髪の毛が蛇」といえば、大抵の人がギリシャ神話のメドゥーサを思い出すのではないだろうか。しかしこの発想は日本においても馴染みのあるもので、例えば先ほどあげた一遍上人の出家由来がそうである。他にも竹原春泉『絵本百物語』の「二口女」の挿し絵は、後頭部にもう一つの口があるだけでなく何故か髪の毛が蛇のように自在に動くというオプション付きである。山東京伝は『桜姫全伝曙草紙』において、死ぬ間際の女性の髪が蛇となって怨む相手に鎌首をもたげるというシーンを描いている。その描写からも、怨みなどの強い妄念は髪に宿るのだという考えが窺える。髪は女の命というが、まさに最後に命尽きる場所こそ髪の毛なのだ。


蛇とは妄念の化身である。
そしてその妄念が一番集まる部位といえば、それはやはり髪であろう。




主な参考文献:高田衛編『江戸怪談集(中)』
         平凡社『別冊太陽 妖怪絵巻』堤邦彦「生活の中の異界」
         国書刊行会『百鬼繚乱―江戸怪談・妖怪絵本集成』

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