コダマネズミと十二様

コダマネズミ』の解説、続き。

※長くて文字ばっかりです。



『コダマネズミ』

山の神の機嫌が悪いとき、体を破裂させて大きな音を立てるというコダマネズミ。
それらは山の神の怒りを買い、罰としてネズミに姿を変えられたマタギ(猟師)であると言われています。

佐々木喜善『東奥異聞』にコダマネズミの由来譚が紹介されています。
(以下、本文からの抜粋・要約です)

 秋田県にある北秋田郡荒瀬村の山中に「こだまネズミ」という、普通のネズミよりはやや小がらな、焦茶色の艶のある毛色のネズミがすんでいる。酷寒のとき、この小ネズミが木のまたなどにいて、恐ろしい音をたてて破裂する。狩人がその音のした場所へ行ってみると、ネズミの背がポンと割れ裂けて死んでいるのだという。


 言い伝えによると、昔ここの山に、七人と六人の二組の狩人らが小屋を建てた。六人組をスギのレッチウ(連中)、七人組をコダマのレッチウという。
 ある夜、コダマのレッチウの小屋に若い女がやってきて、お産をしたいので一晩泊めて欲しいと頼んだ。狩人というものは、女という語を嫌い産火を忌む。ましてや真夜中に女一人とは魔物であろうと思い、組頭が銃を向けると女は無念そうに立ち去った。
 それから女はスギのレッチウの小屋に行き、同じく一夜の世話を頼んだ。スギの小屋では「それはさぞ御難渋だろう、さあさ早くはいって火にあたれ」と介抱してやりお産を助けた。女は喜び、組頭に向かって「私は実は山神です。今夜のお礼に、明朝クマを得させましょう。夜が明けたならこの下の洞に三匹の大グマがいる」と言い、それを射つ方法を教えた。そしてもう一つ、「私に冷たくした七人組の小屋にも行ってみてくれ。私の怒りが彼らをなんとしておくか」と告げて、山神の女人は立ち去った。
 スギの者がお告げの洞に行くと、いわれたとおりに大グマ三匹を獲ることができた。それから一つ山を越えてコダマのレッチウの小屋に行くと、鉄砲諸道具をそのままに、人間は一人もいない。不思議に思いあたりを見わたすと、小屋の梁の上に見慣れぬ毛色の小ネズミが七匹ちょろちょろと去ってゆく。山の神に咎められ、ネズミとなったコダマのレッチウ七人組のなれの果てであった。
 そのことがあり、いまでも狩人は七人組を忌んで組まないという。




他にも、北秋田郡阿仁町に伝わる別バージョンがあります。
こちらの場合、ネズミにされたマタギは六人組の方です。

 ある年の十二月十二日は大吹雪で、六人組のマタギが小屋にいた。そこへ美しい女が来てお産をしたいといったが追い払ってしまう。
 次に七人組の小屋に行ったところ、中に入れてもらえた。小屋の隅にミズキの枝を敷き、十二人の子を産んだ。七日間子供を育て、一人ずつ手に乗せて、ぷうぷう吹いて飛ばした。マタギにお礼をいうと、女自身も空に飛んで行った。
 その後、この小屋の者の狩りはうまくいった。「女は山のカクラさん(神様)、十二人の子供は十二様だったにちがいない」と七人のマタギ達は話した。彼らが六人組の小屋を覘いたところ、六匹の小玉ねずみになっていた。

 (木暮正夫『全国怪談スポット①』「ねずみにされたマタギ」より抜粋・要約)


この話だと山神が産んだ子供は十二人で、『十二様』という神であることになっています。





『十二様(じゅうにさま)』

十二様とは北関東から東北地方にかけて分布する、山の神の呼称です。
男の神とも女の神ともいわれていますが、女の神様である場合、一年に十二人子供を産むことを理由に十二様と呼ばれていたりもします。

十二月十二日や二月十二日(そのほか十二にまつわる日)には、山に関係ある人々は仕事を休み、山へ入ってはいけないという風習があります。(十二日を祭日として、山の神を崇める『十二講』という伝統行事を行うところもあります。)
この日、山の神は自分の山々の樹木の数を数えるので、もし人間が山へ入ると人間も樹木の数に入れられてしまいます。そうすると良くないことが起こるため、その日は山に入ってはいけません。『遠野物語拾遺』によると、山では時折「二股にわかれて生い立った木が、互いに捻れからまって成長している」のを見かけるといいます。これは山の神が十二月十二日に木を数え、終わりの印として木を捻っておくのだそうです。



十二日に山入りを禁止する由来譚が、岩手県に伝わっています。

 岩手県の附馬牛村字生出に万治と磐司という二人の狩人がいた。万治は狩りの名人だが磐司は下手だった。
 ある日万治が狩りに行くと、途中で美しい女が出産しようと血だらけで苦しんでいた。女は万治に助けを求めたが、狩猟には産日の穢れを忌むので断った。今度は磐司が通りかかり、親切に女を介抱し子を産ませた。産んだ子らは十二人であった。女人はいたく喜んで「汝にこれから山幸を授けてやろう」と言った。
 その後、磐司は日々大きな山幸を得るようになり、月の十二日を休んで女人に対する謝礼の祝日とした。後世の狩人はそれを年に一度、十二月の十二日だけを祭日にするようになり、またそれが後世に移って十二月十二日にはいっさい山入りできぬ日とした。この日に山へ行くことは、狩人だけではなく農家一般の山に対する忌日のような形になった。すなわち祭日を兼ねた忌日である。


こちらも『東奥異聞』で紹介されている話です。(抜粋・要約)
岩手県の話ですが、宮城県のコダマネズミ由来譚とよく似ています。



【参考】佐々木喜善『東奥異聞』(青空文庫)、木暮正夫『全国怪談スポット①』、小松和彦『日本怪異妖怪大事典』、『怪異・妖怪伝承データベース』、柳田國男『遠野物語拾遺』
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