七夕と素麺の話

明日、七月七日は七夕です。
七夕関連といえば遠野物語から一つ思い出したのですが、少しグロめの話でして…。

一応折りたたんでおきます。食人系の話なので閲覧注意。



七月七日は「そうめんの日」です。
江戸時代には七夕に素麺をお供えする風習が広まっており、細長い素麺を糸に見立て、裁縫(機織など)の上達を祈願したそうです。今でも仙台市などでは、魔除けや子供の健康を願って七夕に素麺を食べるそうで(※ウィキ調べ)。


七夕と素麺にまつわる話を、柳田國男の『遠野物語拾遺』から紹介。

五月五日は薄餅を作る。
薄餅というのは、薄の新しい葉を刈って来て、それに搗き立ての水切り餅を包んだもので、餅が乾かぬうちに食べると、草の移り香がして、なんとも言えぬ風味がある。
薄餅の由来として語り伝えられている話に、昔ある所にたいそう仲のよい夫婦の者がいた。夫は妻が織った機を売りに遠い国へ行って幾日も幾日も帰って来なかった。その留守に近所の若者共が、この女房の機を織っている傍へ来て覗き見をしては、うるさいことをいろいろしたので、女房はたまりかねて前の川に身を投げて死んでしまった。ちょうど旅から夫が帰って来てこの有様を見ると、女房の屍に取りすがって夜昼泣き悲しんでいたが、後にその肉を薄の葉に包んで持ち帰って餅にして食べた。これが五月の節句に薄餅を作って食べるようになった始めであったという。この話は先年の五月節句の日、佐々木君の老母がその孫達に語り聞かせるのを聞いて、同君が覚えていたものである。 【二九六話】


七月七日にはぜひとも筋太の素麺を食べるものとされている。
その由来として語られている譚は、五月の薄餅の話の後日譚のようになっている。夫は死んだ妻の肉を餅にして食べたが、そのうちから特別にスジハナギ(筋肉)だけを取っておいて、七月の七日に、今の素麺のようにして食べた。これが起こりとなって、この日には今でも筋太の素麺を食べるのだという話である。 【二九九話】



七夕の節句だけでなく、五月の節句まで遡る話です。

ちなみに佐々木喜善(前述の「佐々木君」本人)が著した『聴耳草紙』にも、同じ話が収録されています。その話によると、夫は妻の織った曼荼羅を遠方の町に売りに行きます。その留守中、美しい妻に男共が数々言い寄るも耳を貸しません。そこで悪い男が「お前の良人は他国で妾女を持っているから、こう還ってこないんだぜ」と焚きつけました。それを聞いた妻は、泣きながら近くの川に身を投げたといいます。後の流れは『遠野物語』とほぼ同じです。

死んだ妻の肉を餅にして食べ、筋肉を引き剥がして素麺のようにすする…。なんともグロテスクなお話ですが、夫婦の愛情物語として捉えるべきかは謎。



ちなみにこの話の類話として、五節句に行う年中行事の由来譚があります。
蘇民将来(そみんしょうらい)の弟である巨旦将来(こたんしょうらい)は、祭神・牛頭天皇に滅ぼされ身体をばらばらに切断されます。巨旦将来の災いを鎮めるために行われるのが、五節句の祭礼です。節句の料理は巨旦将来の身体を表しており、一月一日には巨旦将来の骨肉として鏡餅を食べ、三月三日の蓬餅は皮膚、五月五日の菖蒲は髪と髭、九月九日の菊酒は巨旦の血です。そして七月七日には、巨旦の筋として素麺を食べるのです。遠野物語に語られる夫婦の話も、これらの伝説を原型としているのかもしれません。





という訳で七月七日には素麺!!
…食べたくなくなった方、申し訳ございません。




◆おまけ◆
遠野リミックス

『遠野物語remix』購入しました~。角川ソフィア版には遠野物語の原著も収録されているそうですが、原著は持っているので角川文庫版の方です。最近『遠野物語拾遺retold』も出版されたらしく、気になっています。
ちょうどカドフェス開催中だったので、ブックカバーも入手しました。「かまわぬ」デザイン。
関連記事

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://snarkmori.blog.fc2.com/tb.php/177-5a497481