大村御殿に立っちょんど

首里にある大村御殿跡へ行ってきました。
といっても、もう三ヶ月以上前の話になるのですが…書くのが随分と遅くなってしまいました。

ちょっとした怪談スポット感想。(※怖くありません)




大村御殿跡といえば、耳切り坊主の伝承が伝わっている場所です。
(※耳切り坊主と大村御殿の説明は、前の記事からどうぞ → 『耳切り坊主』



一応ざっくりと説明。


『耳切り坊主(黒金座主)』
沖縄の妖怪。実在した黒金座主と呼ばれる怪僧が、恨みによって怨霊となった。「泣く子の耳を刃物で切るぞ」という子守唄で有名。

『大村御殿』
耳切り坊主伝説の伝わる場所。黒金座主の時代には北谷御殿と呼ばれていたが、子孫の代に大村御殿と改名(子守唄には大村御殿の名前が使われている)。その後中城御殿が移転してきて名前も変わり、戦争で焼失したのち県立博物館が建設される。それも移転したので空き地となった。現在は「中城御殿跡」と表記されることが多い。しかし中城御殿跡は二ヶ所あり、首里高校グラウンドにもその遺構が残っている。

(※というわけで、今回は場所名を『大村御殿』と統一表記しています。)





大村御殿跡は那覇市首里大中町にあります。
県道29号線(龍潭通り)沿い、龍潭池のすぐ近くです。

モノレール首里駅から、てくてく歩くこと数分。

大村御殿

でーん!
この石垣に囲まれた所、ここが大村御殿のあった場所ですね。



ところで耳切り坊主の歌といえば、

「大村御殿の角なかい(角の所に)
 耳切り坊主ぬ 立っちょんど
 幾人幾人 立っちょやびか(何人立っているのか)
 三人四人 立っちょんど
 鎌ん 小刀ん 持っちょんど
 泣ちょる童 耳グスグス
 ヘイヨー ヘイヨー 泣かんど
 ヘイヨー ヘイヨー 泣かんど」

というものです。
大村御殿の角…。角って…、ここ?

ここに立ってんの?

大村1

…いえいえ、角は他にもありますし。まさかまさかこんな大通り沿いには。


などと恐る恐る近づくも、そこには石垣があるだけでした。ヨカッタヨカッタ。

ちなみに歌詞によっては「角」が「門」になっている場合もあるんですけどね…。門があるのは大通り沿いで、そこから石垣の中を見ることが出来ます。といっても中は空き地。発掘調査中のようです。

大村4

大村2

結構広いです。博物館が建てられていたぐらいですしね。
ちなみに裏側の通りは石垣が途切れているので、そこからも敷地の中がよく見えます。周辺は住宅地なので、辺りの人の迷惑にならないようにご注意を。



中には入れませんが、大村御殿跡の周りをぐるっと一周してみることにしました。
敷地に沿って、横道に入ります。入ってすぐに案内板を発見。耳切り坊主の紹介が書かれていました。

大村3
(クリックで拡大)

多言語での説明付き。おお…グローバル琉球怪談。

歌詞も書かれていますが、「鎌と(イラナん)石も(いしぐぅん)持ってるよ」となっているのが気になります。「鎌と小刀も(しいぐん)」ではないのだろうか。この辺りは刀だったり包丁だったり色々なバージョンがあるのですが、さすがに石というのは…?いやしかし、伝わるうちに変化したという可能性がなきにしもあらず。



という風にうろうろ。

大村6

角…っぽいところの写真だけ撮って帰りました。








《おまけ》

暗くなってから再び来てみました。
夜の大村御殿跡です。

大村5

車通りは多いのですが、いかんせん…暗い。
中を覗くこともなく、角に立ってみることも無く、横道に入ることもなく、さっさとその場を離れました。

これにてルポ終了!
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