飛脚狐あれこれ

桂蔵坊だけでなく飛脚狐は全国あちらこちらに存在します。
手持ちの資料から、ちょっと集めてみました。


『桂蔵坊狐(ケイゾウボウギツネ)』
鳥取県に伝わる。経蔵坊狐ともいう。鳥取から江戸まで二、三日で往復できたという。飛脚の帰り、罠にかかって死んでしまった。

『与次郎狐(ヨジロウギツネ)』
秋田県に伝わる。代々佐竹藩に仕え、名を籾蔵与次郎といった。ある年、京に使いに行き、新庄の辺りで猟師に殺されたという。他の飛脚に怨まれた、あるいは幕府の密令によって殺されたという説もある。

『甲子夜話の狐の話』
秋田県に伝わる。昔、羽州秋田には人に慣れた狐がいた。とても足が速く、書信があるときはこの狐が江戸へ通っていた。しかしある時書信が届かず、訝って探させると雪に埋まっているのが発見された。ちなみに千葉幹夫『全国妖怪事典』では「飛脚狐」という名前で紹介されている。《甲子夜話》

『右近・左近(ウコン・サコン)』
山形県に伝わる。江戸幕府への書状を間違えて下書きで送ってしまった際、米沢藩の城代岩井大膳は飼っていた狐に追いかけさせた。そして飛脚がうたた寝している間に無事とりかえたという。一昼夜で往復したが、城に戻った狐は倒れて死んでしまった。右近と左近のどちらだったかは不明。

『源五郎狐(ゲンゴロウギツネ)』
奈良県に伝わる。百姓の家で農業を手伝えば二、三人分働き、飛脚をすれば片道十数日かかる所を七、八日で帰った。しかし飛脚の途中、小夜中山で犬に殺される。首にかけていた文箱が大和に届けられたことで死亡が発覚した。また、小女郎狐という妻がいると噂されていた。《諸国里人談》

『新八狐(シンパチギツネ)』
島根県に伝わる。新左衛門新八という。松江城で飛脚をしていた。


○○○

岐阜県に弥次郎狐(ヤジロウキツネ)もいますが、別に飛脚ではなく与次郎狐とも関係ありません。
飛脚狐はみんな人間の手伝いをし、大体死ぬところまでがワンセットなのが辛い…。

(主な参考文献:千葉幹夫『全国妖怪事典』、柴田宵曲『奇談異聞辞典』、他)
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