多々那按司の墓

沖縄県の具志頭(八重瀬町)に伝わる伝説です。
多々那按司の墓
《『按司(あじ、あんじ)』:地方を治める支配者の称号。あるいは王族など、高い身分の称号。》


具志頭に多々那城(多々名城)という城があり、城の岩の下には多々那按司の墓もあった。その墓は木や板で作られた立派なもので、中には朱塗りの厨子が納められていた。
ある日その墓に、具志頭郡座嘉比村の真刈という男がやって来た。真刈は墓から板や柱を盗み、桶や戸を作るのに利用した。
するとその夜、多々那按司の墓は虹のような光を発した。光が真刈の家へと射し込むと、家は火事になって焼けてしまった。その後、何故か真刈は手足が不自由になった。妻も気がおかしくなり、最終的に一家はのたれ死んだという。(『球陽外巻-遺老説伝』117話)



中国版ウィキソース維基文庫に遺老説伝(遺老説傳)原文が載っていますが、まあ、そりゃあ漢文ですよね…。

「多多那城岩下有多多那按司墓以木板代陶瓦蓋葺其墓中有一個朱塗厨子一日具志頭郡座嘉比邑有眞苅者竊徃墓處盗取板柱作桶作戸從多多那按司墓如虹光氣射眞苅家其夜眞苅家盡爲燒灶自是眞苅不動手足女子染癩朝夕食吃人家終餓死道路」

墓荒らしの代償は大きかった…というか大きすぎる。復讐譚としてもかなりえげつない方の部類ではないでしょうか。
カラー漫画にすれば、分かりやすい上にファンタジック!と思ったけどそんな事は無かった…。凄惨さ三割増。


(参考:琉球資料研究会発行『琉球民話集』より「恐ろしい報い」)
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