ソロモン・グランディ(マザーグース)

Solomon Grundy,
Born on a Monday,
Christened on Tuesday,
Married on Wednesday,
Took ill on Thursday,
Worse on Friday,
Died on Saturday,
Buried on Sunday.
This is the end
Of Solomon Grundy.

ソロモン・グランディ
月曜に生まれ
火曜に洗礼
水曜に結婚
木曜に発病
金曜に悪化し
土曜に死んで
日曜に埋められた
これで終わりさ
ソロモン・グランディ



《語句》
christen=洗礼を施す、洗礼名を授ける
took ill=病気になる
bury=埋める、埋葬する

人間の一生とは儚いものでして…というにはあまりにも儚すぎるソロモングランディ。
たった一週間で人生を描くというユーモラスな歌です。それにしては後半部分、不幸パートだけ随分細かい気もしますが。

ソロモン・グランディ
[ 2013/07/27 23:24 ] マザーグース | TB(0) | CM(0)

多々那按司の墓

沖縄県の具志頭(八重瀬町)に伝わる伝説です。
多々那按司の墓
《『按司(あじ、あんじ)』:地方を治める支配者の称号。あるいは王族など、高い身分の称号。》


具志頭に多々那城(多々名城)という城があり、城の岩の下には多々那按司の墓もあった。その墓は木や板で作られた立派なもので、中には朱塗りの厨子が納められていた。
ある日その墓に、具志頭郡座嘉比村の真刈という男がやって来た。真刈は墓から板や柱を盗み、桶や戸を作るのに利用した。
するとその夜、多々那按司の墓は虹のような光を発した。光が真刈の家へと射し込むと、家は火事になって焼けてしまった。その後、何故か真刈は手足が不自由になった。妻も気がおかしくなり、最終的に一家はのたれ死んだという。(『球陽外巻-遺老説伝』117話)



中国版ウィキソース維基文庫に遺老説伝(遺老説傳)原文が載っていますが、まあ、そりゃあ漢文ですよね…。

「多多那城岩下有多多那按司墓以木板代陶瓦蓋葺其墓中有一個朱塗厨子一日具志頭郡座嘉比邑有眞苅者竊徃墓處盗取板柱作桶作戸從多多那按司墓如虹光氣射眞苅家其夜眞苅家盡爲燒灶自是眞苅不動手足女子染癩朝夕食吃人家終餓死道路」

墓荒らしの代償は大きかった…というか大きすぎる。復讐譚としてもかなりえげつない方の部類ではないでしょうか。
カラー漫画にすれば、分かりやすい上にファンタジック!と思ったけどそんな事は無かった…。凄惨さ三割増。


(参考:琉球資料研究会発行『琉球民話集』より「恐ろしい報い」)

月にいた男〈マザーグース〉

The man in the moon
Came down too soon,
And asked his way to Norwich;
He went by the south,
And burnt his mouth
With supping cold plum porridge.

月にいた男
さっさと降りてきて
ノリッジへの道を訊いた
南を通って
口を火傷してしまった
冷めたプラム・ポリッジすすって



《語句》
Norwich=ノリッジ。イギリス、ノーフォークの州都。
by the south=南を経由して、通って
plum porridge=干しブドウ入りのポリッジ。
sup(ping)=すする、少しずつ食べる


日本の場合月に住んでるのは兎ですが、イギリスでは月の模様を男性と考えます。「The man in the moon」というと、その「月の男」がイメージされるそうです。

ポリッジは西洋風のお粥のこと。オートミールなどを牛乳や水で煮たものです。日本語だとそのまま『おかゆ』と訳されていることもあります。
また、古いバージョンだと「冷たいポリッジ」が「熱いポリッジ」になっています。時代が下るに従って、よりユーモラスな内容に変化したようです。冷たい牛乳をかけたり浸したりして食べることもあるらしいので、あながちどちらの歌詞でも間違ってはいないのかも。ちなみに“pease porridge”(えんどう豆のポリッジ)の場合もあります。

未知との遭遇
親日家宇宙人(グレイタイプ)。
[ 2013/07/14 00:20 ] マザーグース | TB(0) | CM(0)

口裂け女

口裂け女

白いマスク+赤いコートで精一杯のオシャレ。
どうでもいいけど「口酒女」で変換されました。これはこれで妖怪っぽい。

フェル先生が嫌いです〈マザーグース〉

I do not like thee, Doctor Fell,
The reason why I cannot tell;
But this I know, and know full well,
I do not like thee, Doctor Fell.

フェル先生 私はあなたが嫌いです
何故だか理由は分かりません
だけど確かに これは絶対
フェル先生 私はあなたが嫌いです

フェル先生
何故か嫌われるフェル先生のマザーグースでした。

フェル先生(ドクターフェル)は十七世紀に実在した人物であり、オックスフォード大学の学寮長でした。ある時ブラウンという生徒を退学処分にしようとしましたが、あまりに抗議され、ラテン語の詩を訳せたら処分を取り消すと提案しました。ブラウンはすぐさまラテン語の詩を訳し、さらには詩にフェル先生の名前まで入れてしまいました。その文章こそ、上述したマザーグースです。その後ブラウンは無事退学を免れ、「ドクターフェル」の名は「何となくいやな人」という意味で使われるようになってしまったのでした。

ちなみにこの生徒、後にトーマス・ブラウンという風刺作家として有名になっていたりします。
[ 2013/07/07 23:43 ] マザーグース | TB(0) | CM(0)

飛脚狐あれこれ

桂蔵坊だけでなく飛脚狐は全国あちらこちらに存在します。
手持ちの資料から、ちょっと集めてみました。


『桂蔵坊狐(ケイゾウボウギツネ)』
鳥取県に伝わる。経蔵坊狐ともいう。鳥取から江戸まで二、三日で往復できたという。飛脚の帰り、罠にかかって死んでしまった。

『与次郎狐(ヨジロウギツネ)』
秋田県に伝わる。代々佐竹藩に仕え、名を籾蔵与次郎といった。ある年、京に使いに行き、新庄の辺りで猟師に殺されたという。他の飛脚に怨まれた、あるいは幕府の密令によって殺されたという説もある。

『甲子夜話の狐の話』
秋田県に伝わる。昔、羽州秋田には人に慣れた狐がいた。とても足が速く、書信があるときはこの狐が江戸へ通っていた。しかしある時書信が届かず、訝って探させると雪に埋まっているのが発見された。ちなみに千葉幹夫『全国妖怪事典』では「飛脚狐」という名前で紹介されている。《甲子夜話》

『右近・左近(ウコン・サコン)』
山形県に伝わる。江戸幕府への書状を間違えて下書きで送ってしまった際、米沢藩の城代岩井大膳は飼っていた狐に追いかけさせた。そして飛脚がうたた寝している間に無事とりかえたという。一昼夜で往復したが、城に戻った狐は倒れて死んでしまった。右近と左近のどちらだったかは不明。

『源五郎狐(ゲンゴロウギツネ)』
奈良県に伝わる。百姓の家で農業を手伝えば二、三人分働き、飛脚をすれば片道十数日かかる所を七、八日で帰った。しかし飛脚の途中、小夜中山で犬に殺される。首にかけていた文箱が大和に届けられたことで死亡が発覚した。また、小女郎狐という妻がいると噂されていた。《諸国里人談》

『新八狐(シンパチギツネ)』
島根県に伝わる。新左衛門新八という。松江城で飛脚をしていた。


○○○

岐阜県に弥次郎狐(ヤジロウキツネ)もいますが、別に飛脚ではなく与次郎狐とも関係ありません。
飛脚狐はみんな人間の手伝いをし、大体死ぬところまでがワンセットなのが辛い…。

(主な参考文献:千葉幹夫『全国妖怪事典』、柴田宵曲『奇談異聞辞典』、他)

桂蔵坊狐

おとん女郎を描いたら、桂蔵坊(けいぞうぼう)の話も描きたくなったのでした。
桂蔵坊
『桂蔵坊狐(あるいは経蔵坊狐、飛脚狐ともいう)』
鳥取県に伝わる狐の妖怪。足が速く、若侍の姿に化けるのが得意だった。おとん女郎と夫婦だったとも言われている。


ちなみに、昔は狐の好物と言えば焼き鼠、鼠の天ぷら、鼠の油揚げなどがよく挙げられました。しかし鼠の天ぷらってイマイチ想像できませんね…。巌谷小波の『こがね丸』(明治24年刊行)という児童文学作品に、悪狐をおびき寄せるため味方の鼠が自害して天ぷらとなるシーンがありまして…天ぷら…なんとも壮絶です。

※追記 飛脚狐まとめてみた → http://snarkmori.blog.fc2.com/blog-entry-102.html