琉球怪談朗読会

25日にジュンク堂書店で開催された、琉球怪談朗読会『琉球怪談コテン古典』に参加してきました。

またしてもジュンク…怪談イベント多いです。
今回は現代怪談ではなく、古典と呼ばれるような古い文献から集めた怪談話が中心でした。
古い怪談なので、今ひとつ現実味が無かったりしてそんなに怖くはない。…のですが、個人的には妖怪話が沢山聞けて大満足でした。



朗読の内容は、
・『遺老説伝』より宮古島のメリマツノカワラ、西原の稲福オバァの話。
・『山原の土俗』(島袋源七)よりユーリー・ヤナムン・マジムン・シチの話。歌う髑髏の話。魔に魅入られた者の話(棺のマジムン、アカマター)。
などです。
『遺老説伝』については知らない話も多いので、解説も含めてとても勉強になりました。
稲福オバァは竜宮から帰ってきたから体中に貝がくっ付いていたとか、王様に謁見を求められて瞬間移動で逃げ出したとか…格好良すぎです。素晴らしい。メリマツノカワラについては、原田実『もののけの正体』という本で知っていました。宮古島の女神が人間と夫婦になり、その娘に子供が出来ます。しかし産まれた子は、角が生え、輪のような丸い目に鳥のような細い手足という奇妙な姿をしていました。目利真角嘉和良(メリマツノカワラ)と名付けられた子供は母らとともに天に昇り、人々に崇められたというお話。確かにその姿は…神というより妖怪という感じですね。

●イメージ絵●
メリマツノカワラ

ちなみに『遺老説伝』は『琉球民話集』という本に収録されています。古本屋で見かけることもありますが、若干高いので、二の足踏みまくりです。図書館で我慢すべきか…、復刻されないかなぁ。
『山原の土俗』は私も持っていますが、朗読で聞くとやはり印象が違いますね。こんなに怖い雰囲気の話だっただろうか。美男に化けたアカマター(まだら蛇)と少女が恋をするという話は、身ごもった女性がまじないによって蛇の子供を流すというパターンの方がよく耳にする気がします。その話は三月に行われる『浜下り』という行事の由来譚ともなっています。宮古島の漲水御嶽に伝わる伝説では、蛇の正体は恋角という神の化身であり、生まれた子供が宮古島の守護神になるというハッピーエンドです。しかし『山原の土俗』に載っている話では、女性が蛇に惑わされて行方不明となり、蛇の傍で眠っているところを発見されるもすぐ死んでしまうという流れです。蛇の正体も分からないまま女性が死んで終わり、というのは非常に怪談らしいパターンではないでしょうか。



現代怪談も良いですが、こういう古典怪談も味があって良いよね!という主張。
『琉球怪談コテン古典』、とても面白かったです。




●おまけ●

『ユーリー』は沖縄でいう「幽霊」のことです。『山原の土俗』では妖怪の一種のような扱いになっています。
ユーリー

てのひら怪談

昨日、『てのひら怪談大賞』の選考結果が発表されました。

実は「イズミスズ」という名前でこっそり応募しておりまして。
受賞はありませんでしたが、各選考委員が選んだ優秀作品の中
加門七海さんのベスト30に『青い灯』という作品を入れて頂く事が出来ました。
初投稿なもので勝手も分からず、戸惑いながらの応募でしたが結果が良くて嬉しかったです。
読んで下さった方は本当にありがとうございました。

※追記 『青い灯』がMF文庫ダ・ヴィンチ「てのひら怪談 癸巳」に掲載されました!

[ 2013/01/26 20:37 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

怪人赤マント追記

※前の記事 → 『怪人赤マント』


赤マントについて色々調べていたところ、小沢信男の『わたしの赤マント』という短編小説を見つけました。

「牧野次郎」なる写真家が雑誌の投稿欄を利用して怪人赤マントの情報を集める、というドキュメンタリー風の小説です。創作ではあるものの、加太こうじの『紙芝居昭和史』の情報を引用したりと実際の資料も基にして書かれているようです。とはいえ小説内で集められた情報が、どこまでフィクションなのかはよく分かりません。


小説に載せられている赤マントの噂の概要は、

・日中戦争の最中、東京の町々に夜な夜な赤マントを着た怪人が現れて女子供を襲うという噂があった。おそらく昭和13、4年頃。
・大阪にも現れた。道頓堀の橋の袂の公衆便所で用を足していると、赤マントがふいに現れて尻を撫でるという。
・赤マントはすばらしい疾走力の持ち主である。赤マントをひるがえしながらオリンピックの選手よりも速く走る。神出鬼没に人をさらっていく。昭和11年にベルリンオリンピックがあり、昭和15年に東京でも開かれるはずだったのが、日中戦争拡大により返上されたものの五輪ムードが残っていた所為ではないか。
・加太こうじ『紙芝居昭和史』に記述がある。昭和15年1月から初夏にかけて、谷中墓地付近で起きた少女暴行殺人事件とたまたまやっていた紙芝居が結びついてデマの大発生となったらしい。

となっています。
「牧野次郎」はこれらの噂を集め、「赤マントとは強烈なエロ・グロであり、公衆便所を覗いては女性を襲って経血を吸うのだ」と変態的イメージを見出します。さらには図書館に行って当時の新聞記事を調べますが、赤マントの記事はひとつも見つかりません。しかし牧野は子供の頃、確かにとある記事を読んだ覚えがあるというのです。その内容とは、昭和15年頃「一人の男が赤マントに関する噂を流して逮捕された」というものでした。男は年齢30歳くらいの銀行員。社会主義思想の持ち主で、銃後の人身を動揺させ、厭戦的気分を広めるために行ったといいます。この記事は果たして牧野の記憶違いなのか、この銀行員についての情報が欲しいというところで話は終わります。


○○○


赤マントについて調べていると、銀行員がデマを流して逮捕されたらしいという話は結構出てきます。元ネタはこの小説なのでしょうか。だとすると、この銀行員犯人説は創作なのか、事実なのかは微妙なところです。仮に銀行員についての記憶が作者である小沢氏本人の実体験だったとしても、結局その新聞記事は発見されなかったのだから事実は不明のままです。
『わたしの赤マント』は1989年に河出書房新社から『東京百景』という本に収録・出版されています。作品集にまとめられたのがこの年なので、この小説単体での発表はもっと早いかもしれません。作中において牧野が雑誌の投稿欄を利用したのは1982年となっているのでその辺りでしょうか。現在伝わっている赤マントの噂に、どのような影響を与えているのか気になるところです。




※追記 → 『わたしの赤マント』について

※追記(2013/11/21):この記事を書く際、『わたしの赤マント』は種村季弘編『日本怪談集(上)』に収録されたものを参考に致しました。しかし『東京百景』に収録された話とは内容にところどころ相違があるようです。『東京百景』では、牧野次郎の探している新聞記事が昭和十四、五年頃であると書かれています。

怪人赤マント

赤マント

『怪人赤マント』

昭和十一年、十二年頃のこと。大久保小学校に通っていた小学校三年生の時、その頃赤マントを着た怪人物が現れ人を襲い、あちこちに死体があって軍隊、警察が片付けたという。
赤マントを吸血鬼だという噂で、学校ではパニックになり、誰も学校の便所に入れなくなってしまった。その頃、同じような話が方々であったが、警察はデマだといい、そういうことをしゃべってはいけないと言われた。

(松谷みよ子 『現代民話考7』より引用)




赤マントに関し、伝わっている情報として

・小学生の男の子が学校からの帰り道を歩いていると、電信柱の影に赤いマントを纏った不審な男が立っていた。男の子が逃げ出すと赤マントの男は「オリンピック選手並」の速さで追いかけてきて男の子を捕まえてしまった。男の正体は、子供を捕らえては生き血をすする吸血鬼であるらしい。
・長野県の小学校での話。学校の便所に入ろうとするとマントを着た男の人がいて「赤いマントが欲しいか、青いマントが欲しいか」と聞いてくる。赤いマントを選ぶと、ナイフで刺され真っ赤な血に染まって死ぬ。青いマントを選ぶと体中の血を吸われ真っ青になって死ぬという。学校の怪談でよくある「赤い紙がいいか、青い紙がいいか」や「赤いちゃんちゃんこ(あるいは赤い半纏)着せましょか」と聞いてくる話と同様のパターン。
・『赤いマント売り』の噂。東京横田基地近くにて、背の高い男が「赤いマントはいりませんか」とマントを売りに来る。手には大きな包丁のような物を持っており、「いらない」と言うと追いかけてきて後ろから斬り付ける。すると背中から真っ赤な血が流れ、それが赤マントになるという。

--といったものがある。



怪人赤マントの噂が広まったのは昭和11年前後だと推測されている。
また昭和15年頃にも、赤マントの人さらいが出没して子供をさらう、少女を暴行して殺すという噂が流れたことがある。当時、「赤マント姿の魔法使いが、町の靴磨きの少年をさらって魔法使いの弟子にする」という内容の紙芝居を行ったところ、デマの原因であるとして警察が紙芝居を押収・焼却してしまったと紙芝居作家の加太こうじは語っている。これには同時期に東京谷中で起こった少女暴行殺人事件も関連しているらしい。興行の時期からしてこの紙芝居が噂の発生源だったとは考えにくいが、怪人赤マントの噂に警察が敏感になっていた事は確かなようである。あるいは噂が別の場所から発生していたとしても、この紙芝居が噂を広める一因だった可能性は否定できない。

赤マントの噂が発生もしくは助長した要因として、昭和11年に起こった二・二六事件が最も重要視されている。二・二六事件は陸軍将校らによるクーデター未遂事件である。ノンフィクション作家朝倉喬司の見解によると、噂の内容にも「死体があちこちにあって警察や軍隊が片付けた」とあるように、軍や警察が動かざるをえないような大事件が噂の発生源だったと考えられる。一般人にとって、せわしく出動する軍隊や殺された政府閣僚、非公開裁判の末処刑される反乱将校らの姿はどれも不可解なものであり、戒厳令下で詳しい情報も伝わらないまま様々な流言が飛び交った。この不安定な時代背景と混乱した情報によって赤マントの怪談は生み出されたというのである。さらには青年将校らの身につけていたマント姿も要因の一つとなっている。中でも、反乱将校の一人であった中橋基明陸軍中尉は赤いマントで有名だったらしい。彼の将校マントはカーキ色で裏地が赤く、大股で歩くとチラチラと見え隠れした。また「返り血を浴びても目立たないからね」という中橋自身の発言も残されている。(朝倉喬司「『学校の怪談』はなぜ血の色を好むのか?」)

その他、阿部定事件(定という女性が愛人の男性を殺害し局所を切り取った事件)という猟奇的な事件によるパニックや、同時期に発表された江戸川乱歩の小説に登場する怪人二十面相なども一因と考えられている。マントの赤色はこのような血生臭い事件を連想させるものであり、怪人二十面相はマント姿の怪人と言う不気味なイメージを定着させるのに効果的である。マントの怪人といえば昭和5年に制作された紙芝居『黄金バット』も興味深い。黄金バットは黒マントの悪人を倒したというヒーローだが、正義の味方である方の黄金バットも赤マント姿の怪人なのである。善悪両方のマント姿は、怪人という存在のイメージを構築する意味で見逃せないだろう。




どこからともなくやって来た怪人物が、夕暮れ時に子供を誘拐する…という怪談は後を絶ちません。昔なら、神隠しや天狗の仕業ともいわれました。
柳田國男の『妖怪談義』によると、子供を夕方に誘って行く怪物のことを多くの地域では『隠し神』と呼んでいました。丹波の夜久野では暗くなるまで隠れんぼをしていると隠し神に隠されるといい、栃木県の鹿沼では『カクシンボ』、秋田県雄勝郡では『カクレジョッコ』といいます。神戸には『カクレババ(隠れ婆)』というものが路地の隅や家の行き詰まりにいて、子供が夕方に隠れんぼをしていると捕まえられてしまうそうです。島根でいう『コトリゾ(子取りぞ)』は、子供をさらって油を絞り、南京皿を焼くために使うという恐ろしいものです。
同様の話が遠野物語にも記されており、おそらく維新頃、『油取り』なる者がやってくるという噂が村々に広まったことがあるそうです。夕方過ぎると女子供は外出禁止になり、毎日のように行方不明者の風説が飛び交いました。ちょうどその頃、川原に小屋を建てた跡と魚を焼く串が見つかったことから、油取りはこの串に子供を刺して油をとるのだと恐れられました。油取りは紺の脚絆と手差しをかけた姿をしているといいます。これが来ると戦争が始まるとも噂され、犯罪者とも妖怪ともとれるような存在になっていました。
このように、子供をさらってしまう怪人の噂はそう珍しいものではありません。赤マントの噂は昭和初期に生まれ、平成の世にまで受け継がれました。夕暮れ時に一人ぼっちの子供が危険なのは、昔も今も変わらないのです。




ところで個人的に赤マントといえば、漫画『地獄先生ぬ~べ~』の「Aが来た!」という話がトラウマです。この話に出てくる怪人は、学校の帰り道に現れ好きな色を選ばせて殺すというものでした。子供の頃は本っっ当に怖かった…殺し方も残虐だったし。その後、たまたま加太こうじの『紙芝居昭和史』を読んで、赤マントが昭和に実際流行った怪談だと知りびっくりしました。まさか戦前の話だったとは…古いなあ。昭和に流行り、また復活した訳です。でもまあ、よく考えるとマントなんて着てるぐらいですからね。昭和レトロ万歳。



 → ※怪人赤マント追記
 → ※『わたしの赤マント』について

○○○

(主な参考:松谷みよ子 『現代民話考7』、朝倉喬司「『学校の怪談』はなぜ血の色を好むのか?」『伝染る「怖い話」』、常光徹『学校の怪談~口承文芸の研究Ⅰ』、加太こうじ『紙芝居昭和史』、松山ひろし『真夜中の都市伝説~壁女』、学校の怪談編集委員会『学校の怪談大事典』、柳田國男『妖怪談義』『遠野物語』)

ウチャタイマグラー

『ウチャタイマグラー』(御茶多理真五郎、御茶当真五郎)

ウチャタイマグラー

沖縄において、明日の旧暦12月8日は鬼餅(ムーチー)の日です。ムーチーの日には厄払いとして、月桃(サンニン)の葉で包んで蒸した、香りの良いお餅(ムーチー)を頂きます。仏壇や火の神に供え、壁に吊るしたりもします。私も子供の頃は、家や学校行事などでよく食べました。今でも月桃の葉が生えていると「あ、ムーチーの匂いがするなあ」と思い、食べたくなってしまいます。


そんなムーチーを取りに来るという、妖怪『ウチャタイマグラー』のお話。

○○○

昔、西原町嘉手苅村に五郎(グラー)という男がいた。彼は歌や三線、相撲が好きで、それも非常に強かった。祭りの日になると色々な遊場に行っては相撲を取ったが、彼に勝てる者は誰一人としていなかった。
やがて五郎が死ぬと、彼の遺体は御茶多理山の墓に葬られた。しかし彼の魂はその場に留まり、墓の中で亡者を呼び集めては相撲を取るようになった。歌声や音楽も墓の外まで聞こえた。
人々は彼の事を「御茶多理真五郎(ウチャタイマグラー)」と呼んで恐れ、近辺に近寄らないようにした。その後月日は流れ、いつしか墓からは何も聞こえなくなったという。
(『遺老説伝』より)


西原町ではその後、『ウチャタイマグラー』という妖怪としての逸話が伝わっている。
西原町安室では旧暦12月8日のムーチーの日になるとウチャタイマグラーが家々を訪ね、供物をねだるという。そこで安室の村人達はムーチーの日を一日早め、七日に行うようになった。そのためウチャタイマグラーの出没する地域では、ムーチーの日が一日早いのである。北中城では「ウーシヌハナマグラー」と呼ばれ、海岸近くの村を回っては食べ物を腐らせるため、同じくムーチーの日は早い。





という訳で地域によっては今日がムーチーの日です。この時期はムーチービーサ(鬼餅寒)といわれ、ぐっと冷え込む季節でもあります。出来立て熱々のお餅を食べて寒さを凌ぐのでしょうか。私も食べたくなってきました…。スーパーとかで普通に売ってるけど!出来立てが美味しいのです。
イラストで肩から二個ぶら下げてるのが月桃の葉に包まれたムーチー。その下にあるのは抱瓶(ダチビン)という、沖縄の携帯用酒瓶です。餅食べて酒飲んで、歌ったり三線弾いたり相撲取ったり、とにかく賑やかなイメージです、ウチャタイマグラー。

ちなみにウチャタイマグラーは、琉球の王、尚円の部下だったと言われ、密偵のような役割をして活躍したとも伝わっています。歴史的にも重要人物だった彼の墓は、西原町の御茶多理山に実在します。


(主な参考:崎原恒新『琉球の死後の世界』、西原松生『沖縄の怪談』、『よくわかる御願ハンドブック』)

『奥さまは/魔女かもしれない』⑤

オカルト風味新婚さん四コマ、ラストです。 (前の記事 → 

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[ 2013/01/16 20:37 ] その他・漫画 | TB(0) | CM(0)

元日の化物

元日の化物
浜町新庄家の屋敷では、毎年正月元日未明に表門を開くと背丈七尺ばかりの山伏が現れる。兜巾・篠掛・金剛杖を身につけ笈を背負っており(山伏としての一般的な格好)、玄関の前まで来ると姿を消す。この事は今も変わらず、普段現れることはないという。家中に凶事のある年はとても嬉しそうな顔をしており、吉事がある年は怒った顔をしている。世に様々な化物の話は多いが、このようにはっきりと確かな化物は他に聞いた事が無い。

(『江戸塵拾』より「元日の化物」)



正月ネタでも一月中はセーフ…?正確には元日ネタですけど。
七尺は2,1m位です。悪い事が起こるときは笑顔とか、すごくムカつきますね。ところで100%当たる占いほど恐ろしいものは無いと思います。

『奥さまは/魔女かもしれない』④

オカルト風味新婚さん四コマ、続きです。 (前の記事 → 、 次の記事 → 
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[ 2013/01/06 14:38 ] その他・漫画 | TB(0) | CM(0)

『幽』vol.18・沖縄怪談大全レビュー

怪談専門誌『幽』のvol.18購入しました。もちろん沖縄怪談大全目当てで。


第一特集だけあって、沖縄怪談についての豊富な情報に満足です。
表紙の写真も『七つ墓』といわれる沖縄の怪談スポットが使われています(昔、飴買い幽霊が現れたという)。こうやって写真でみると、ガジュマルの根付いた墓というのは相当不気味だなあ…。ちなみに私がこの雑誌を買ったジュンク堂那覇店は七つ墓のすぐ隣だったりします。さすがに立ち寄ったりはしませんが。

主な内容として沖縄怪談スポット巡りや、以前行われた小原猛×恒川光太郎×東雅夫による座談会の内容、その他沖縄怪談にまつわる様々なエッセイなどが中心となっています。中でも福地曠昭氏のインタビューが興味深いです。怪談収集の方法とか、確かに凄いヴァイタリティの人だ…。

怪談実話競作も面白いです。伊計翼『なす代ちゃん』にはつい笑ってしまったけど…!方言の感覚って県外の人にとってはどういう風に感じるのでしょうか。黒史郎『ザー』は怖かった。宮古島に伝わる呪術の話。

個人的に、沖縄怪談ブックガイドと古典怪談の復刻がとても良かったです。
伊波南哲の沖縄怪談集(逆立ち幽霊+ビッチン山の異変)と金城朝永『マストの上の怨霊』が復刻。『逆立ち幽霊』は夫への復讐のため幽霊が出会った人に魔除けの札を取り除いてもらうという、よくある札剥がしの話です。沖縄でも逆立ち幽霊は有名ですが、嫉妬深い夫のために鼻をそぎ落とした妻の復讐譚の方がメジャーかと。

(ところで感謝した幽霊が提灯に化けて夜道を照らす、というのはよくある話なんでしょうか。『琉球の死後の世界』で「沖縄首里の昔話」から引用された、仲西ヘーイとモーイ親方の話でもそういうシーンがありましたが)




沖縄怪談に興味のある方にはお薦めの一冊です。
とりあえず、怪談スポット巡りが…したくなるかも?。私は怖がりなので、絶対安全そうな所しか行きませんが。

[ 2013/01/06 12:39 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。
2013年も、当ブログをどうぞよろしくお願いします。

謹賀新年

ちなみにヤマトタケルのつもりです。元祖・戦う女装美少年。しかし性格はえげつない。

古事記編纂1300年は…去年でしたね…。何もせずに終わってしまいましたが。今年は巳年なんだから、せめて三輪山の蛇伝説かヤマタノオロチを描くべきだったかもしれません。

[ 2013/01/01 10:09 ] その他・イラスト | TB(0) | CM(0)