目ひとつの神(1)

目ひとつの神

〈上田秋成『春雨物語』より「目ひとつの神」〉

歌人を目指して田舎から出てきた若者が、都を目指す途中で神との宴会に巻き込まれてしまう。目ひとつの神は若者に酒を勧め、歌人の道について諭すのだった。





『雨月物語』で有名な、上田秋成の短編小説集『春雨物語』。
「目ひとつの神」はその中の一編である。


○○○

とある東国の若者が、歌の道を学ぶため都を目指して旅に出た。しかし途中で宿を取りそこない、老曽の森という所で野宿を決める。松の根を枕にして寝ていると、森の中に奇妙な一行がやってきた。古事記に出てくる猿田彦のような風貌の神主、金剛杖を持った修験者、狐の顔を扇で隠した女官、それに従う狐の童女、布袋のような丸顔の法師、酒瓶を棒で担ぐ猿と兎。百鬼夜行もさながらである。一行は荒れ果てた社の前で整列し、神主が大声で祝詞を唱える。

戸が荒々しく開け放されて出てきたのは、面妖な姿の神だった。

顔に乱れ掛かった髪。ひとつしかない輝く眼。口は耳の付け根まで裂け、鼻はあるかないかも分からない。白い衣は鈍色に汚れているが、藤色の無紋の袴はまだ新しそうである。羽扇を右手に持ち、笑っているのも恐ろしい。


今宵の宴の中心、目ひとつの神である。


かくして神と摩訶不思議な面々による宴は始まる。
神に急かされ、猿と兎が慌てて酒を運ぶ。童女は酒を注ぎ、女官は舞う。肴をつまみ、「うまいうまい」といかにもご機嫌の神は、あげくに「そこで寝たふりをしている若者を呼べ」といって酒の相手を要求する。神の宴会というにはあまりに陽気な酒盛りである。


しかし若者を前にして語るのは、歌の道を志す者への真摯な助言であった。

「お前は都に出て歌を学ぼうというが、それはもう遅すぎる。この乱世にあっては師匠に出来るほどの人間などいない。身分の高い者も、貧しさの余りに有りもしない秘伝を教えるといって生計を立てている。
全ての芸技に秘伝など無い。始めに師を仰ぐのは手段に過ぎず、結局は自分で学ぶしかないのだ。お前のいた東国の者では中々頼りにならぬかもしれないが、国に帰って隠れた良い師を探し見習うのだ。そしてよく考え、おのれの芸とせよ」




若者はその言葉を受けて自らの生き方を考え直し、故郷へと帰って行った。





以上、「目ひとつの神」の簡易な現代語訳でした。というかダイジェスト。削りまくりですので注意。
『雨月物語』に比べて『春雨物語』はあんまりメジャーでない…という感じがするのは、やっぱり怖さに欠けるからでしょうか。幻想的な作品の少ない『春雨物語』の中で「目ひとつの神」は神や妖怪を中心に据えた、やや異色の作となっています。異類の者たちによる宴会の様子がとても楽しそう。神様、やたらと酒を勧めてきますし。

ちなみに目ひとつの神様は、一目連という暴風の神です。最後に神様は羽扇を一閃し、若者が空へと巻き上げられたところを修験者が捕まえて故郷まで送り届けてくれるのです。まさに至れり尽くせりの宴会なのでした。


『平家物語』の妖怪退治

大河ドラマの中で、源頼政の鵺(ぬえ)殺しが公式でした。すごいな…。

ドラマももうすぐ終わってしまいます。
折角毎週見てるので、『平家物語』に関する話題でも。


○○○


『平家物語』の妖怪退治。
(※人物デザインはドラマのイメージですが内容は特に関係ありません)

見てはいけない馬頭

一条桟敷屋の鬼
昔、一条の桟敷屋(眺めの良い、一段高い造りの建物)に男が泊まり遊女と寝ていた。
夜中になって、風が強くなり雨も降って凄まじい様子となった大路を、「諸行無常」と吟じながら通る者がある。「何者だろう」と思って蔀(格子状の戸や窓)を少し押し開けて見てみると、軒ほども身長の高い、馬の頭を持った鬼がいた。恐れを抱いた男が蔀を下ろし部屋の奥の方へと逃げると、鬼は格子を押し開けて顔を差し入れ、「よくもご覧になりましたな、よくもご覧になりましたな」と言った。男は太刀を抜いて構え、「入ってきたら斬ってやろう」と女を側に置いて待った。すると鬼は「よくよくご覧なさい」と言い、去っていった。
これが百鬼夜行というものだろうかと恐ろしく思った男は、それより二度と一条の屋敷には泊まらなかった。

(『宇治拾遺物語』巻第十二、二十四「一条の桟敷屋鬼の事」)



見て欲しいのか、見て欲しくないのか…。
ホラー映画でカップルがイチャつくと大体ひどい目に合う法則。

物言う猫(1)

物言う猫
江戸番町辺りのとある武家では、決して猫を飼わないという。鼠が出てもその方針を変えようとはしない。
その理由として、実は昔、この家には長く飼っている猫がいた。あるとき縁側の端に雀が二、三羽いたところ、その猫が狙って飛び掛った。雀はすぐ飛び去ってしまったのだが、すると猫は、「残念なり」と小さな子供のように喋った。驚いた主人は猫を押さえつけ、火箸を構えて「畜類でありながら物を言うとは怪しいやつ!」と怒った。猫は再び声を発し、「物を言ったことなんてないのに」と答えた。主人が驚いて手を緩めると、それを見すまして飛び上がり、そのまま行方知れずとなってしまった。
それ以後この家では猫を飼ってはならぬ決まりとなり、その戒めを今もって守り続けているのだった。

(『耳嚢』巻の六「猫の怪異の事」)



物を言う猫の話です。「残念なり」は可愛すぎる…!


『耳嚢』には他にも同じような話が載っています。巻の四にある「猫物を言う事」では、寺で猫を飼っていた猫が鳩を逃がして「残念なり」と喋ります。驚いた和尚さんが「畜類でありながら物を言うとは奇怪である。人をたぶらかすつもりなのか。正直に話さないと殺す」と小刀で脅したところ、「十年余りも生きたものは皆喋ります。さらに十四、五年も過ぎると神変を得ます。ただ、そこまで生きる猫はいません。私はまだ十歳に達してはいませんが、狐と猫の間に生まれた子は十年ならずとも物を申すのです」と答え、寺を去ってしまいました。


喋る猫への反応は皆シビアというか。
十歳ちょっとで喋るよ!というのは、まあ、昔の基準でしょうかね。今の猫はかなり長生きですし。
物いう猫おまけ
※追記:おまけ漫画できました。

『奥さまは/魔女かもしれない』③

オカルト風味新婚さん四コマ、続きです。 (前の記事 →  次の記事 → 
[ 2012/11/08 20:27 ] その他・漫画 | TB(0) | CM(0)

青行燈

なんだかエレクトリカルな感じになってしまいました…。

青行灯

『青行燈(あおあんどう)』

燈(ともしび)きえんとして又あきらかに、影憧々(どうどう)としてくらき時、青行燈といへるものあらわるる事ありという。むかしより百物語をなすものは、青き紙にて行燈をはる也。昏夜に鬼を談ずる事なかれ。鬼を談ずれば怪いたるといへり。(鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より)



妖怪『青行燈』の説明は石燕による上記の記述のみであり、詳しくどのような妖怪であるかは記されていない。
どうやらこの記述から察するに、百物語に青い行灯を用いたことから生み出された妖怪のようである。


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百物語の際、行灯に青い紙を貼るのは江戸時代ごろの通例であったという。

「怪を語れば怪至る」(『伽婢子』)という話における作法によると、百物語は月の暗い夜、青い紙を貼った行灯を使って行われる。行灯の中の油皿には灯心となる百筋の紐を入れ、一話終わるごとに一筋抜き取っていく。そのため話が進むにつれてだんだんと暗くなり、青い紙の色が移ろって物凄い雰囲気になっていくのだという。
この話では、さらに参加者各々が青い小袖を着用したとも記されている。最後に古い諺を引用し、「白日(白昼)に人を談ずる事なかれ(人の噂話をするな)。人を談ずれば害を生ず。昏夜に鬼を話る(かたる)事なかれ、鬼を話れば怪いたる」と締めくくっている。この文は、鳥山石燕による『青行燈』の説明にも用いられた諺である。

「厩橋の百物語」(『怪談老の杖』)でも、同じく行灯の口を青い紙で覆い、灯心を百筋入れる。そしてさらに、行灯の傍に鏡を一面立てておく。百物語を行っている場所から離れた部屋にそれらを置き、一話終わるごとに語り手が奥の部屋に行って灯心を一筋消し、鏡で自分の顔を確認してから帰ってくるという作法となっている。

(詳しくは杉浦日向子の『大江戸観光』で説明され、『一日江戸人』には分かりやすいイラストが掲載されています。ご参考までに。)



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これらを見る限り、百物語とは随分と凝った作法のイベントのようでである。中には密室で行い、参加者の親指同士を縛りあって離れられないようにするというものまである。

しかしこの凝った演出こそが、参加する人々の恐怖を強く掻き立てたのではないだろうか。
現代の日本では、行灯はおろかロウソクを使うことすら難しい。百本のロウソクなんて使ったらそれこそ大火事の危険性がある。たとえそれらを用意出来たとしても、全ての火を消したとて、外の明かりは結構眩しいものである。
まだ電気のない時代。百話の怪異が語られた後、明かりの無くなった部屋はそれは真っ暗になったことだろう。




最後の灯火が消え、周りは本当の暗闇に閉ざされる。

「鬼を談ずれば、怪いたる」
光源を失ったはずの青い行灯。そこに至るという怪こそ、妖怪『青行燈』の姿なのだろうか。