アフィラーマジムン

昨日『琉球妖怪大図鑑』の話をしたので、ついでに『アフィラー・マジムン』の紹介でも。

アフィラーマジムン

『アフィラーマジムン』
沖縄の妖怪。アヒルの姿をしている。これに股を潜られると、マブイ(魂)を取られて死んでしまう。

(※アフィラー=アヒル、マジムン=化け物)

仲西ヘーイの注意点とか

ブログへのアクセス数が妙に多い…。
と思ったら、沖縄の妖怪『仲西ヘーイ』がツィッターで話題になっていたそうですね。驚きました。

仲西についての注意

『仲西』は見た目についての伝承が無いので、デザインはイメージです。
ちなみに民話だとおっさんの可能性が高いです。

※仲西の詳細はこちらの記事→http://snarkmori.blog.fc2.com/blog-entry-126.html

帽子工場の陽気な幽霊

陽気な幽霊

大正二年六月、沖縄の新聞に掲載された話。

那覇には昔、有名な幽霊屋敷があった。それも今では帽子工場となり、昼夜問わず職人達で賑わっていた。夜の九時頃になっても明るい電灯の下で、職人達はアダン葉の帽子を編んでいた。大勢で流行歌を歌い、とても騒がしかった。
そんな中、縁側から黒くて丸い塊のような怪物がぬーっと現れた。その怪物はどんどん背丈が伸びて大きくなり、天井ほどまで伸び上がった。それは男か女か、人間か動物かもよく分からなかった。全体が真っ黒で、肩の辺りはメリケン粉をかけたように白い。職人達が怯えていると、怪物はスルスルと縁側から庭に滑り落ちた。全体が縮んで小さくなり、やがて跡形もなく消えてしまった。
翌朝、職人達は占い師のところへ行って話を聞いた。
占い師いわく、「この幽霊は以前からこの屋敷に住んでいた。生前は滑稽ないたずら者で、お前達が歌ったりしてふざけているものだから、つい浮かれてひょっこり出てきたのだ。そして丸くなったり伸びたりしてお前達をからかった。肩のあたりが白かったのは、帽子の原料を漂白するカルキをかけられたからだ」ということである。


(参考:佐久田繁『霊界からの使者』月間沖縄社より、「陽気な幽霊」)



カルキで漂白される幽霊…、しかし結構余裕である。

火事幽霊

火事幽霊

明治三十七、八年の日露戦争の頃、沖縄県渡久地村での話である。

ある酒飲みの男が友人達と飲みに行き、彼らと別れた後も一人で飲み続けた。午前二時ごろ、酔っ払った男が人気のない道を歩いていると、二、三十メートル先を女が一人歩いている。男が足を速めると女も足を速め、止まると女も止まる。男は気味が悪くなり、女から離れようと後ろを向いて反対側へ歩き出した。しばらくして立ち止まり、後ろを振り向くと女はピッタリと後を付いてきていた。男は恐怖に震えながらも、必死の思いで顔を覗き込もうとした。しかしそのたび女は反対を向いてしまい、後ろ姿しか見ることができない。女の後頭部は、炭火のように真っ赤だった。
男は慌てて逃げ出し、すぐ近くの家の門に飛び込んだ。後ろを振り返ると、女の着物は火が付いたように赤くなった。同時に何か焦げ臭い匂いがして、サアッと嵐が吹き抜けるような音が聞こえた。女は物凄い速さで村事務所の方向へと走りだし、すぐさま近くの井戸端辺りで消えてしまった。男は気を失ったが、その家の人が彼を自宅へ送り届けてくれた。

次の日、男が目を覚ますと「村事務所が丸焼けになって村中大騒ぎをしたのに、あんたはいくら起こしてもおきなかった」と家の者が言った。
男が村人達にこの話をすると、「火事幽霊というものもいるのか」と不思議がったという。



(参考:佐久田繁『霊界からの使者』月間沖縄社)



真っ赤な後頭部アピールの火事幽霊さんです。どんな顔だったのでしょう。


小原猛著『琉球怪談百絵巻-不思議な子どもたち』にも、火事が起こる前に現れるマジムン(化け物)が紹介されています。口の裂けた、全員同じ顔の少年達が、家に来て「はぶりか」という謎の言葉を発する。少年達は赤いわら人形を持って走り回り、その近所で火事が起こるという話でした。

火事の予兆として現れるものの怪談は少なくありませんが、火事を知らせているのか、はたまた火事を起こしているのか。
どちらにしても不気味なものですが、後者だと…より恐ろしいですね。

牡馬の祟り

沖縄県の具志川に伝わる伝説です。

「牡馬の祟り」 (『球陽外巻‐遺老説伝』第32話)

牡馬のたたり

昔、具志川の宇堅村に多真利(たまり)という人がおり、一匹の牡馬を飼っていた。多真利はこの馬を太らせて正月に食べようと思っていた。
十二月二十八日になると、多真利は斧を持ち、馬を殺すために野原へと連れて行った。連れて行く途中、馬は何度も悲しい声で鳴いた。野原に着き、多真利は馬に向かって斧を振り上げた。馬は四方へ向かって声高くいなないた。跪くように前足を曲げ、東を向き、また三度いなないた。深く首を垂れ、そして前足で目を覆った。しかし遂には斧で打ち殺された。
その後なぜか、多真利の家族は皆病気にかかって亡くなり、彼の一族は絶えてしまった。
さらには宇堅村の人が牡馬を飼ってもすぐに死んでしまい、それ以来牡馬は飼わなくなったという。


(参考:琉球資料研究会発行『琉球民話集』、月間沖縄社『沖縄の怪談』)



馬を屠殺したら祟られる…なかなか厳しい話ですよね。
跪いて目を隠すような馬は、正直怖い。